2001年、長嶋監督勇退と共に槙原、斎藤、村田選手も引退し、巨人はひとつのある大きな時代を終えた。
翌年、監督になった原監督は清水の1番、河原の抑えと大胆な配置転換を行い、見事日本一の座を射止めた。しかし、今思うとその1年はあっという間の出来事だった。
そのオフに松井はメジャーに挑戦した。巨人はその後、松井の穴を埋めるべく多くの選手を獲得した。もちろん各々の選手達はよく頑張ってくれたが、その『松井を穴を埋めよう』とする行為そのものが巨人を首を絞める事態になっていった。そして巨人は数年もの間、低迷することとなる。その時間はとても長くつらかった。そのことを考えると、この数年のためにあの日本一があったのか。あれはいったいなんだったんだろう。巨人失墜の前に神様がくれたプレゼントだったのか?それともあの日本一があったら低迷したのか?そんな気持ちにすらなった。
堀内政権は2年目に五位と低迷。
その後任には再び、原監督が浮上した。
原監督ファンである私にとって、原さんが巨人の監督に就任することは、うれしくもあり悲しくもある出来事だった。
『原監督が無能監督と呼ばれるようになったらどうしよう』
低迷の極みであったあの状態において、巨人の監督を引き受けることは、一種の冒険であった(少なくとも私には)
『原監督が監督するの楽しみだな〜』
夢は夢であるから輝いてる。かなったときにもろくも崩れ去るのが見たくなかった。そんな弱気な私は確かに存在した。
私の心配はまったく的外れだった。
1年目こそ、人材入れ替えの弊害でメンバーが足りなくなり大失速をした。
このころの采配は確かに頼りないものもちらほらと存在していたけれど、原監督は年々たくましさを増していった。
そして、今年。
WBC連覇。シリーズ3連覇、そして日本シリーズ制覇の偉業を成し遂げた。
巨人低迷のひとつのきっかけでもあった。松井が海の向こうでMVPを取っていたことも何かの縁だろうか。
今年の巨人は間違いなく、歴史上において黄金期のうちのひとつであろう。
しかし、その黄金期を構成している3番小笠原、4番ラミレスはそう遠くない将来において、巨人のメンバーからは消えているはずである。
小笠原、ラミレス、グライシンガー、クルーン、谷など多くの選手が原巨人に終結し、ひとつの黄金期を作った。そしてそのチームを作ったのは紛れもなく原監督である。
そして彼らの選手生命が終わり、その黄金期から違うチームを作り出すことの自分の仕事として、原監督は引き受けようとしているのである。
それは途方もなく大変な作業になるだろう。
衰え行くかつての英雄を、入れ替えていく作業がこれから待っているのだ。
今年優勝を一緒に分かち合ったメンバー達に自分で肩叩かなければならないのだ。その覚悟は並大抵のことではないだろう。
今年すでに一人の原戦士の引退がきまった。
キムタク選手だ。
彼の引退は日本シリーズの前から決まっていたらしい。
となると、あのボーンヘッドをした次の試合にベンチに入れなかったという非情な采配も、引退を知って上での采配ということになるのか。
やはり原監督の覚悟は並大抵のことではない。
キムタクの最後の姿はなんだったかなと思い返すと、
あの気の抜けたような三振だったり、1,2塁間に挟まれてアウトになって帰ってきた後、ベンチの悔しそうな顔だったりしてしまうのが、悔しいし寂しい。
俺はやっぱり甘ちゃんだ。
来年のオフにはスンちゃんの契約が切れるはずだ。
う〜〜ん。今から憂鬱だ。
できれば驚くような復活を見せてくれ。
とりあえず今はなんにせよ。
優勝おめでとう!!!!
ありがとう!!!!!
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