『ペナントは勝利した。良かった〜〜』→『短期決戦は負けることもあるからCSはまた別のもの。負けたらショックだから、そういう風に考えておこう』と心に予防戦を張っていた私とは心の強さが違う。すごい精神力だ。
今日は比較的安心して見れた。終始リードしてるってのは楽でいいね。
しかし、谷の万歳のときはびっくりした。サヨナラどころが逆転でもないのに(笑)。よほど張り詰めたものがあったのだろうと察するにあまりある。本当に大変な試合だったんだなあ。
でも終始巨人のペースだったとはいえ、ひやりとするシーンはいくつもあった。5点差がついていても、森野とブランコの満塁のシーンは緊張したよ。5点差でも緊張するだから、やっぱり1発ってのは恐い。
しかし、思い返しても見ても今日はともかく、昨日おとといは何故勝てたのかさっぱり分からない。
シーズン中の中日3連勝ってのも、勝ってるこっちの方が『なんで勝ったんだっけ?』って感じだったもん。
シーズン最後の方に確か連敗したはずだけど、そんときは『やっぱこういうこともあるよな』と嫌な感じが残っていたもの。
今回は勝てたけど、まったく逆の展開で日本シリーズ行きを逃していたかもしらないなっていう恐怖感は今でもある。
『強い』って印象はあったけど、一発でひっくり返すような力を中日からも感じてた。
だからこそ、ほっと一安心できてる感じ。
最後の立浪コールは綺麗でしたね。
私も試合が終わった後も立浪の姿をテレビで探してたもの。優勝が決まった試合での立浪のグランドにお辞儀した姿は素敵でした。ああいう姿がテレビで映ると、野球を見ている子供達にも教育的でグッド。立浪さんは素敵でした。アンナもそういうとこに惚れたんだろうね。(一言多いw)
しかし、立浪への拍手といい、野村監督の胴上げといい、どいつもこいつもいい奴ばかりです(笑)
私は『勝負の世界!!』ってとこでは終わったら健闘を称えあうっていうのがちょっとなんか歯がうくて感じがちょっとしちゃうの。
たとえば、なんかドラマとかで男同士が本気で喧嘩して、だからこそ仲深めあっちゃうみたいなやつ。なんかちょっと気恥ずかしいっていうかさ(笑)
まあいいんだけどね。
俺はどっちかっていうと、落合監督みたく、『力負けじゃねえぞ。来年は絶対勝つ』って言ってる方が、なんかすっきりする。やっぱそれが勝負の世界だよなって思うもん。
まあもちろん、野村監督の胴上げも素敵でしたけど。
優勝の話からそれてるので、それついでにもう一つ。
吉見の件で、中日ファンから『謝れ』のコメントが来てたので一言。
伊原コーチは、反則行為をしてたんだから、謹慎するのは当然だ。と言ったわけでしょ?
私は、しちゃいけないことをしていた選手を執拗にかばうファンは気味が悪いと言ったわけですけど。
吉見の件が反則行為どころかしちゃいけない行為じゃないでもなかったらしい。疲労回復以外の正当な治療目的があったということですので。
どうもすいませんでした!!
仕切りなおして。
巨人の日本シリーズ出場おめでとう。ありがとう。
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【監督−88.原辰徳の最新記事】




最高です。
谷のホームランは素晴らしい。
今年は、巨人と中日の層の厚さが明確な差になった気がします。
ただ、中日は軸となっていた選手が抜けたから、今年Bクラスで低迷すると思ってました。
だからAクラスまできた落合監督の手腕はやっぱり凄いと思います。
しかし、今年は原監督の年です。
巨人の日本シリーズ進出は嬉しいですが、堂々と戦ってくれた中日への誹謗中傷だけは止めて欲しいです。
なんか悲しいです。
それより静脈へのニンニク注射が正当な医療行為なら他の11球団もやればいいのかな?
巨人の4連覇がより確実になるだけな気がする。もしかして中日やっちゃった?
その件に関しては僕も言いたいこと(あくまでも巨人ファンの仲間に対して)がたくさんあるし、明らかに論理上おかしな点が多々あると思います。
でも、僕の言いたいことは産経新聞(報知だったけな?)に書いてあったので、まあよしとしておこうと思っています。
何よりも私が黙っておこうという理由は、こちらにはまだ日本シリーズが残っているので、もうそんな話でゴタゴタしたくないやということです。そして何よりも、多くの良識ある巨人ファンは、他球団ともめたくないと思っているという気持ちを尊重しようと思っています。
オフになって、巨人ファンしかこのブログを読みに来なくなったときには問題の整理をしたいとは思ってますけど、、
少なくともはっきりさせたいのは、私がこの件に関してだけではなく、すべての件で他の球団の悪口を言ってすっきりさせたいだけならば、他の掲示板等々で匿名で憂さ晴らしをすればいい。そっちの方がより多くの人に目に触れるし、リアクションも楽しいし、責任を取る必要もない。でもそうしないのは意見や主張を理解する(してもらう)には連続性が必要だと思っているからです。そしてその意味で、この件はその連続性を断ち切った人に触れる機会があまりにも大きすぎて今語るには誤解されやすいなと思っています。